避難

3月15日火曜日、早朝5時にあったドンと突き上げるような余震で目を覚ましました。
主人は自宅待機。お互いに子守りをしつつ、溜まってしまっている仕事を片付けようと計画しました。

午前中は主人がやることを片付ける時間に。私は息子と一緒に朝食用のパンを買いにお出かけ。
開店から1時間も経っていないのに、パン屋の周りには自転車がずらーー・・・中を覗くと人がずらーー・・・棚は空っぽ・・・
両手にパンを抱えて帰宅する人、人、人・・・

そんなに買い込んでどうするのかな?冷凍するのかな?でも停電になったら駄目なのに・・・

仕方なくオムツを買いにドラッグストアへ行くと、停電のため営業時間を短くしていて、まだ開店前。。。

息子はベビーカーですやすやと昼寝を始めたので、散歩ついでにスーパーまで行くと、これまた自転車の山、人の山。お米やパンはもちろん、納豆とか冷凍食品、牛乳が売り切れ。
駆けつけた人たちにベビーカーなど目に入るはずもなく、何度も突撃を受け、殺気立った雰囲気に異常を感じた息子は目を覚ましてきょろきょろし始めました。

杖をつきながらようやくたどり着いたお年寄りは空っぽの棚の前に呆然と立ち尽くしていました。

恐怖を感じながら別のドラッグストアに立ち寄りましたが、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、紙おむつ、お米は売り切れ。「一体何が起こっているの????」
散歩中つぼみが一斉に顔を出したコブシの花を見てほっと一息ついたので、花屋で大好きなスイトピーを購入して帰宅しました。主人が誕生日に買ってきてくれたスイトピーは2日しか元気な姿をみせてくれませんでした。地震でたおれて花びらがビリビリにやぶれてしまったから。

昼食はチャーハン。こうして温かい食べ物がいただけることに感謝しながらいただきました。

粉ミルクやオムツなど息子に必要なものがないので、名古屋の実家に電話をして送ってもらえないかとお願いし、妹の「了解!!すぐに送るから!!」という力強い声に少しほっとして息子とお昼寝しました。

15時ごろ母から連絡があり、「荷物を送ったけどすぐには届かないらしい。原発の影響は子供が一番受けるんだから、早めに名古屋へ避難したらどうか」と提案してくれました。
主人と相談し、行くならラッシュにかからないように早く行こうと、慌ててレッスンや合唱指導の予定をキャンセルさせてもらい、簡単に荷物をまとめて16時半には家を出発し、21時には名古屋の実家へ着きました。
新幹線には子供や赤ちゃんの姿が多く見られました。

どんどん悪い状態になっていく原発。そして停電状況。テレビでは「緊急地震速報」が鳴り響きます。
16日はまだ気持ちが落ち着かず外出も出来ませんでしたが、17日は外の様子を見に行こうと買い物に出かけました。
名古屋でも買占めの動きが広がっており、お米とカップ麺と乾電池はすでに店頭から姿を消していました。
まだパンと牛乳は沢山ありました!!これを立ちすくしていたお年寄りに届けてあげられたら!!

被災地の方たちは厳しい寒さと戦っておられ、こうして温かい布団に包まって眠れる有難さを感じずにはいられません。
どうか無事に物資が届けられますように。少しでも気候が早く暖かくなりますように。

私たち母子が東京を後にしたことが「節電」になっているハズと考えて、明るく過ごしていこうと思っています。
息子も食欲を取り戻し、しっかり離乳食を食べてミルクもがんがん飲んでぐっすり寝て機嫌よく遊んでくれていることが救いです。
ようやく昨日は歌を練習する気分になれました。
名古屋へ帰省したからこそできること!それは息子を母たちに見てもらって思いっきり練習できること!
こうして集中して練習することが復興の希望にも繋がることを祈って。
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by mihokohoshi | 2011-03-17 13:34 | つれづれ写真日記